ニュージーランドのゴルフクロス
森 仁志(工学院大学)
溝畑 寛治(関西大学)
キーワード:ニュージーランド、ゴルフクロス、ショットとキック、混淆、変容
○目的
競技ルールの改定が頻繁に行われるラグビーは、スポーツの営みが歴史的な変容の過程にあることを示す一つの具体例といえる。ニュージーランドは、その競技レベルの高さから、ラグビーの(ルールに限らず、スキル、戦術等の)変容を牽引してきたが、近年同国では、ラグビーの要素を取り入れつつも当該ジャンルに収まりきらない新たなスポーツが生み出された。本発表では、ラグビーとゴルフの要素が混淆して誕生した「ゴルフクロス」というスポーツを取り上げ、ラグビーの要素を基に生み出されたこの競技が、可逆的にラグビーに新たな変容をもたらす可能性について考察してみたい。
○ゴルフクロスの概要と特徴
1989年の春に、ニュージーランド南島のワナカで、ゴルフ場のグリーンキーパーだったジョージ・スタッドホルムとロルフ・ミルズが、バートン・シルバーの考案した楕円形のボールを用いてプレーしたのが最初とされる。ルール自体は、基本的にゴルフと同じで、ホールごとのスコアの合計により競う。プレーヤーが使用する道具は、ゴルフ用の通常のクラブ、ゴルフクロス用の楕円形のボール、楕円形のボール用に開発された専用のティーカップである。ティーグランド、フェアウェイなどの構成もゴルフと同じだが、グリーンにあたる部分はヤードと呼ばれる。ヤードには、ラグビーのゴールポストに似た形状のゴルフクロス専用のゴールが設置されており、ボールが(クロスバーの後方に張られた)ネットに入った時点でそのホールは終了する。
ゴルフクロスの最大の特徴は、意外なことに、ボールのコントロールの容易さにある。空気中での軌道はむろん、着地後の転がり方までコントロールすることができる。ショットで重要なのは、スイングそれ自体ではなく、楕円形のボールの置き方である。換言すれば、「打ち方」ではなく、「置き方」さえ覚えれば、初心者でもボールの軌道を自在に操ることができる。本発表では具体的に、ゴルフクロスの基本的なショット、すなわち「置き方」の五種類のバリエーションとその軌道を詳しく紹介する。
○考察
ゴルフクロスといういわば「常識はずれ」な発想によるスポーツは、ラグビーのプレーの幅を狭めてしまう「常識」や固定観念の存在を暴き出す。「楕円形のラグビーボールはどう転がるか分からない。だから、ラグビーは面白い」は耳慣れた常套句であるが、キックしたボールの空気中の軌道やグランドへ着地後の転がり方まで完全に操ることができるとすれば、これまでにない新しいプレースタイルや戦術、ひいてはルール自体の変容をもたらす可能性さえも否定できない。むろん、こうした視点は同時に、ラグビーをはじめとしたスポーツの営みが、固定的かつ非動態的なものでは留まりえず歴史的な変容の只中にあることを改めて示唆するものといえる。