日本聴覚障害者ラグビー連盟(デフラグビー)の活動について(2)

日本聴覚障害者ラグビー連盟(デフラグビー)の活動について(2)
-普及・育成活動から-

柴谷  晋(日本聴覚障害者ラグビー連盟)
落合 孝幸(日本聴覚障害者ラグビー連盟)
長田 耕治(日本聴覚障害者ラグビー連盟)
千葉 英史(追手門学院大学・日本聴覚障害者ラグビー連盟)

キーワード:デフラグビー、聴覚障害者、普及・育成

【はじめに】
 日本におけるデフラグビーの取り組みは、1994年「日本聴覚障害者ラグビーを考える会」として発足。1997年「日本聴覚障害者ラグビークラブ」と改名され本格的に活動開始。2004年5月、10周年記念式典を機に「日本聴覚障害者ラグビー連盟」(以下、JDRU)に変更。
昨年の本学会では第1報として、十年の活動の歩みを発表。
今回はこれに加え、2008年度の普及・育成活動とその課題について報告する。

【日本におけるデフラグビーの活動】

  1. 活動目的・内容
    聴覚障害者及びその関係者がラグビー競技に親しみ、競技力向上と同競技の振興と普及を図り、同時に聴覚障害者及びその関係者における生活の質の向上に寄与することを目標とする。
  2. 国際交流
    2002年8月「第1回聴覚障害者(デフ)ラグビー世界選手権」(ニュージーランド)では日本ラグビー協会の支援を受け、デフ日本代表は7人制大会に参加(準優勝)。
    2005年8月には、単独クラブチームとして英国遠征が行われ、イングランド・ウェールズ・スコットランドの各デフ代表と対戦。

【デフラグビーへの参加とコミュニケーション】
両耳平均聴力レベル25dB以上(2002年大会基準)。軽度の聴覚障害者の参加を認めている。選手には手話の使える者と使えない者が混在する。また指導者やサポーターとして参加する健聴者も同様であるため、コミュニケーションの基本は手話である。

【普及・育成活動】
2002年までは世界大会に向けての代表チームの強化がおもな活動であったが、これ以降はデフラグビーの普及と選手育成を重視している。全国の聾学校では、接触のあるスポーツは安全上、避けられ、ラグビーに接する機会は限られている。そこで聾学校等で選手によるデフラグビー教室を開催してきた。
2008年度の活動は以下のとおりである。

  • 3月10日 デフラグビーフェスティバル(東京辰巳の森ラグビー場)15人制親善試合の前に開催(子ども対象)
  • 3月15日 茨城県霞ヶ浦聾学校にて開催(小学生)
  • 5月25日 つくばラグビーフェスティバルにて開催(子ども)
  • 8月9日,10日 筑波技術大学(日本で唯一の聴覚障害者のための高等教育機関)にて開催(大学生と子ども)

【ラグビー教室の内容】
 聾学校は生徒数が少なく、また幼稚部から高校部まであるため、参加者の年齢層は幅広い。小学校低学年向けにはラグビーボールを使った遊びで楽しませ、小学校高学年以降は最後にタッチラグビーができるようにと指導するが、1~2時間の教室ではここまで辿り付くのはなかなか難しい。
遊びの種目は「ボール集め競争」「タグ取り鬼ごっこ」など様々で、指導を繰り返す中で考えてきた。また子どもたちへの説明の際には、紙に書いたり、実演をするなど「見て分かる」コミュニケーションを実践している。

【普及・育成活動の課題】
 参加者には毎回、好評を得ている。特に聴覚障害児は体を思いっきり動かす機会が少ないようで、保護者からは「こんなに楽しそうに遊ぶ顔は初めて見た」と言われることもある。ラグビーの楽しさを覚え、ラグビースクールへと進んで欲しいのだが、1回の教室ではそこまでの動機付けとはならない。また、当教室では周りは同じ聴覚障害児だが、スクールでは健常者ばかりであるため、これが不安になっている面もあるだろう。連盟としてもできるだけ頻繁に開催したいが、労力の面で限度がある。
 最善の解決法は、ラグビースクールの指導者向けの講習会を開くことではないか。これによりスクールの受け入れが容易になれば、聞こえない子がラグビーに親しみ、また聞こえる子が彼らに接する良い機会となると思われる。

【参考図書】
『静かなるホイッスル』(新潮社、柴谷晋著)
活動初期の運営や世界大会での活躍は本書に詳しい